供述分析の話
心理学者として判決文の供述をめぐる事実認定を読んでいると,心理学的には意外に感ずる理由を基に「論理的」に結論が導かれている事例に出会って驚くことがあります。供述の評価のむつかしさを思うとともに,裁判の世界は心理学的知見がなかなか通用しない世界であることを痛感させられる経験でもあります。
心理学的な知見が裁判に通用しなかった比較的最近の事例の一つでは,有名な足利事件の判決があります。この事件では有罪判決が出された公判において,東京供述研究会のメンバーが心理学的観点から被告人の供述分析を行い,犯行場面における供述の性格と,その他の被告人が確実に体験している場面についての供述の性格を比較し,両者の構造が著しく異なることを指摘。その「自白」の信用性には著しい合理的疑いがあることを指摘していました。
仮に当時そのような心理学的分析結果がまともに検討され,取り上げられていれば,その後長期にわたる被告人の「犯罪者」としての拘留はなかったわけですし,またより早い時点での真犯人の追及も可能になっていたはずです。しかし現実には裁判所はそのような心理学的分析結果を顧慮することがありませんでした。
また,別項で少し解説をしますが,甲山事件では,幸いに有罪判決が一度も出ることなく,無罪が確定しました。けれどもそれまで実に25年間という長期にわたり,一人の若い女性が殺人事件の被疑者として過ごさざるを得ませんでした。ここでも浜田寿美男さんを筆頭に,供述の分析によって目撃証言が全く園児の実体験を反映していないと考えられることが早くから明らかにされました。しかし,検察はその研究成果を無視し続け,著しく無理な起訴を続けました。
私たちも弁護団の依頼でシミュレーション実験を行いましたが,検察が起訴の根拠とした複数園児のある程度一致した供述について,そのような誤った目撃証言が無意図的に集団的に共有されうることやそのメカニズムも,心理学的に解明されています。
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(参考文献)
山本登志哉 2003
生み出された物語:目撃証言・記憶の変容
・冤罪に心理学はどこまで迫れるか
法と心理学会叢書1 北大路書房 |
供述分析は「人が体験を語る」ということについての心理学的な分析であり、その分析は「体験」が成立し、それが「記憶」され、のちに「語られる」という心理学的な過程が持つ仕組みや法則性に関する知識に基づいて行われます。心理学的に見てそれらの知識に矛盾しないかどうか、すなわちその供述に「心理学的合理性」があるかどうかが分析されるわけです。
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(参考文献)
浜田寿美男 2017
供述を巡る問題
シリーズ 刑事司法を考える第一巻
岩波書店 |
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裁判官が直接見られるのは、法廷内の語り(供述)だけで、現事象(事件)は体験できません。
ところがその供述は図1に書かれているように幾層にも重なる「主観的な解釈」の積み重ねの中で変容し、「生み出された物語」になる運命にあります。
この「主観的な解釈」と「変容」の仕組みを科学的に解明するのが心理学で、その仕組みを理解しないで素朴に供述を解釈することはとても危険だということになります。
(図1は「供述を巡る問題」p.46に掲載したもの) |
このように心理学的な研究成果・知見が適切に活用されない場合,時としてそれが不幸な冤罪事件を生み,真犯人をとり逃すとともに,無実の人を長期にわたって振り回すこともあります。なぜそのようなことが生じてしまうのか。このコーナーでは供述の形成過程からその性格を説明し,その性格を前提として供述心理学的にはどのようにより適切な供述評価を目指すかについて,裁判でしばしば用いられる評価の論理とも対比させつつ,いくつかのポイントを示します。また,具体的な事件にからんだ研究成果などもご紹介していきます。