供述心理学研究所・埼玉

供述姿勢の質の評価


 裁判で争われる出来事について,その意味などの「解釈」は人によって異なる可能性がありますが,出来事それ自体は誰にとっても単一の「事実」である必要があります。ある殺人事件があったとして,犯人の殺害動機については多様な解釈があり得ますが,事実認定としては,浜田寿美男さんがしばしば使う表現を借りれば「殺したか殺さないか,どちらかしかない」と考えることになります。
 
 ですからその出来事の事実性を争う供述は常に整合的であるべきということになり,そこに矛盾があってはなりません。仮に供述に「供述の整合性」で述べた三種類の対応関係について矛盾が見出された場合には,事実の解明をめざし,その矛盾を解消する努力が供述者に求められます。そのような供述の矛盾を突くことで,事実を語らせようとすることは,取り調べにおいても重要なテクニックとなっています。

 供述分析で供述の整合性に問題があり,矛盾が見出された場合,そのような矛盾がなぜ生み出されたか,その原因を推定評価する必要が出てきます。その際,次の二つのポイントが原因の推定にとって重要になります。


 まずひとつはそのような矛盾した供述が,供述者によって意図的につくられたり,意識されながら行われているか,あるいは供述者本人はあくまで事実を語っていると信じているかという区別,すなわち供述者本人に事実と供述のかい離意識があるか否かということです。

 また,供述の整合性に問題が指摘された場合,供述者自信がそれを解消しようと努力する姿勢があるかということも,その供述者の供述の信用性を左右する極めて大きな要因になります。そこで供述者の供述姿勢に問題が見出される場合は,その他の供述全般について,事実とかい離した供述が行われている可能性が出てくるため,その評価には一層の注意が必要となります。

 この二つの検討ポイントの組み合わせによって,矛盾発生の要因を以下のように分類することが可能になります。


 虚偽供述は自己の供述が事実とかい離していることを明確に意識した上で,相手に誤った認識を持たせることを目的に行われます(@)。したがって何らかの矛盾を指摘された場合は,その嘘を維持するために,なんとかつじつまを合わせる必要を感じ,供述を調整したり,対立事実を合理的な形で否定しようとしたり,あるいは「それ以上の矛盾の拡大を防ぐために」あえて弁解を避けるといった,調整への姿勢が強く出ます。従ってその供述は自己の供述内部の整合性にも注意を払いつつ,「客観的なリアリティ」を追及する姿勢を装う形になります。

 しかし,事実と自己の供述のかい離をある程度意識しているようには思えるのに,矛盾を指摘されても余り意に介さず,追及されても整合性のないその場しのぎの説明でやりすごそうとするような供述態度も存在します(A)。その場合,背景的要因としてはある種の人格障害の可能性も視野に入れる必要がありますが,その供述は作話傾向が強く,かつしばしば場当たり的で自己の供述内部の整合性にも無頓着になる傾向があります。その供述はその場その場の語りが持つ「主観的なリアリティ」を優先する傾向を持ち,時に小説や演劇などのような虚構の物語が持つ強烈なリアリティを醸し出すこともあります。そのリアリティが聴き手に共有された場合,一見「迫真性」のある供述になることがあります。

 供述の信用性評価に当たり,しばしば用いられる「迫真性」があるかどうかという基準は,このタイプの供述に対して適用することは極めて危険です。しかし残念ながら現実の判決においては,供述が明らかにそのような傾向を示しているにもかかわらず,その危険性に無頓着と思える判断に出会うことがあります。事実関係や供述内部の整合性に,特に注意を払いつつ事実を丁寧に推定していく必要があるケースになります。

 他方,自己の供述はあくまでも体験事実を正確に反映しており,両者にかい離はないと考えている,すなわち嘘をつく意図は全くない供述者もあります。すなわち,想起される記憶はそのまま誠実に語ろうとしているにもかかわらず,それが客観的に確定される事実と異なってしまうケースです。

 このような場合,事実関係とのかい離を指摘されて,その矛盾を事実関係に合わせて解消しようとする姿勢が明確な場合は,その供述は誤記憶によるものと判断されます(B)。「体験から記憶,供述へ」でも説明したように,意図せずに記憶が実体験から変容するのは,人間の記憶の仕組みに根差し,誰にも発生しうるありふれた現象で,「目撃証言の変容」にも例示したように,実に様々な要因で起こり得ます。

 同じく供述が体験事実そのままを表現したと考えている供述者でも,客観的な事実関係との矛盾などを指摘された場合に事実関係の方向へと自己の供述を調整しようとせず,自己の供述内容に対する論理性を欠いた確信が維持されたり,逆に客観的事実を積極的に否定するような場合があり得ます(C)。この場合は現実検討能力に著しい問題があり,妄想の可能性が考えられる供述で,背景的な要因としての精神障害が疑われることになります。この場合も,そのことをもって該当者の供述全体を否定することはできませんが,事実関係との照合などについて,より慎重な判断が求められるケースになります。