供述心理学研究所・埼玉

物語としての供述


  供述は事実をめぐる人の語りの一種です。裁判は「事実」を明らかにして,当事者の行為の是非を問い,必要な法的措置を決定する場ですから,判断の基礎的な要因である「事実」認識に齟齬があっては困ります。当然,語りは事実に基づく正確なものであることが要請され,そこに思い違いや嘘があってはなりません。

 一方で「体験から記憶,供述へ」でも簡単にご説明したように,ある体験事実についての人の語りは「体験当時の見えの世界」を超えて,「客観的な世界を再構成する」という,主観の働きによる「物語化」のプロセスを必然的に含みます。理論的に言えば,それは供述という行為が,言葉というツールの本質的な対話的構造に依存した,語りとして成立するためです。

(参考文献)
 浜田寿美男 2009 
 私と他者の語りの世界 ミネルヴァ書房

 当然,この「物語化」を人の語り(供述)が完全に超えることは原理的に不可能ということになります。ある程度まとまって事態の推移を語ろうとする限り,あらゆる供述は,この「物語化」という要素を必ず含みます。人は「物語」を通じて「事実」を語るのだ,とも言えます。さらに原理的に言えば判決もまた一種の社会的物語であることを超えることは不可能です。

 (参考文献)
  山本登志哉 2000
  社会的物語としての記憶:共同生成される「客観的事実」について
  季刊刑事弁護 24 130-133 現代人文社

 供述分析は,従ってそのように「物語」として成り立つ供述から,供述者の原体験を可能な限り忠実に再現する,あるいは原体験との関係を評価しようとする作業である,とも言えます。

 なお,質的心理学でしばしば取り上げられる物語(ライフストーリー)と,供述心理学が問題にする物語の違いについては,下の図式的対比が参考になるでしょう。


 ポイントは物語と事実との関係の問題で,当然のことながら供述心理学では「事実」という参照点が重要になります。この視点からいうと,供述分析は「供述から事実という参照点を再構成しつつ,供述を評価する試みの一つ」とも言えます。

 (出典)
  山本登志哉 2007 
  供述の分析:構造的ディスコミュニケーション分析を例に
  能智正博・川野健治編 
  はじめての質的研究法:臨床・社会編 所収
  東京図書 122-148頁